新しいワタシ、待ってろー

03/03/2024 § コメントする

自分も思春期、髪型や、じぶんの顔の作りのレベル、体型や足の長さ、などを意識し、気にし始めた中学一年生の時、3年生の先輩に、「河野美沙」さんと言う美少女がいました。
こんな50年も経っているのに、今でもはっきり名前も覚えているし、そのお姿もくっきり頭に中に残っています。

すらっとした、高身長に、色白で、足も長くてまっすぐ。可愛らしく、コロコロとなる鈴のような声と話し方、こんな綺麗な人がいるんだなあ、と心底、憧れた物でした。何より、長くて、真っ直ぐで、真っ黒で、サラサラの横分けのストレートヘアをなびかせ、首を、ちょっと傾けてにっこり笑いながら、同級生たちと談笑しながら、すれ違いざまに見る、その笑顔は、高貴さまで感じる美しさ。

で、自分はと言うと・・・
小学生の時から、例外なく身長がクラス1低く、鼻も団子で低く、足はO脚、極め付けは、くりくりの天然パーマの頭。身長はこれから伸びる「かも」しれない? 鼻は、洗濯バサミで摘んで寝よう。足のO脚は、ズボンで隠せるか?でも、でも、この髪の毛は?イスラム教のヘジャブでも被らない限り、隠せません。

そうなのです。私の髪の毛は、生まれつき、クリンクリン。父も、おばあちゃまも、弟も、天然パーマなのでした。当時、クルクルドライヤーなるものが出始めで、朝、鏡の前で、ながーい時間をかけて、髪の毛をなんとか引き伸ばして、学校に行ったものの、癖毛の方にはわかっていただけると思いますが、少し湿った風が一度、パーっと吹いただけでも、まるで、髪の毛は、増えるワカメ。勝手に一本一本が縮れ、勝手な方向に膨らみ、最後はバックトゥーザフューチャーの“ドク”のような髪になってしまいます。

日本人の根底の美意識は、真っ直ぐな黒い黒髪、これは、ディフォルトですよね。
そして、誰もがないものに憧れる。わかってはいるのです。が。

高校生になると、大変厳しい女子校のため、髪が肩についたら、耳より低い場所で、ツインテール、と決められていました。おかっぱ頭だったワタシ。髪のウェーブは早速、風紀の先生に見咎められ、「天然パーマ証明書」に親のサインを添えて提出するように厳命されました。なんか、自分でも嫌いだったけど、癖毛はネガティブ要因として、決定打を打たれた気持ちでした。

そして、ずっとひたすら、ひたすら、ドライヤーやら、スプレーやら、で、引き伸ばしたり、卒業後は、いっそと、パーマでカーリーヘアにしてみたり、大学生頃には、始まったばかりの髪の毛に小さい下敷きを100枚くらい貼り付けるストレートパーマを期待を込めてかけて、すぐに取れてしまい、がっかりしたり。

縮毛矯正が世の中に出てきた時の衝撃! 洗髪しても、プールに行っても、雨に降られても、何もしなくて、髪をとかして頭をブンブンと振って、そのままストレート!!!!
スポーツクラブに行って、プールに入って、そのまま上がってドライヤーを乾かすためだけにブンブンとかけて、それだけで真っ直ぐ。

文明の進化にここまで感謝したことはなかったと思えるくらいの経験でありました。

そして、時は流れ、なんだか40代後半から、髪の毛にどんどん白いものが初め、気になるので、4週間に一回、美容院で白髪染め、プラス、ずっと続けてきた半年ごとの縮毛矯正を続け続けてン10年。

髪の毛は、これでもかこれでもかと痛めつけられ、白髪の髪はどんどんどん細く、痛み、千切れて。
長女の結婚式が終わって、4年前に髪を染めるのをやめました。このままあと10年以上染め続けるのか?と思うと、賽の河原か?と思ったのと、髪の痛みが限界になっていたからです。縮毛矯正は、それでも髪が痛むのはわかりつつ、最小限にして、ストレートナーで引き伸ばしは続けてきました。

で、ここまで、話は長くなりましたが、そろそろワタシのクルクルさんたち、開放してあげよう、と思うのです。
クルクルだって、いいじゃないか。

イギリスだと、髪の毛は、色もプラチナブロンドから、赤毛から、それはそれは千差万別、チリチリから、ドレッドロック、ターバンでぐるぐる、完全に隠しまくっている人、真っ赤、真っ青などなんでもあり。白髪混じりのクルクルでも、誰もワタシの頭なんかみてないし。

まだ、クルクルヘアに自分自身慣れていないけど、これから、プロダクトや乾かし方などちょっと研究して、髪の毛、50年の強制引き延ばしから、開放してあげようかな。

こんなおばさんヘア、絶対許せない、と思って、ずっと生きてきましが、気づきました。

すでに、自分、おばさん通り過ぎて、おばあさんじゃないかー。 おばさん上等!

新しいワタシ、待ってろよー。

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