アフリカ、ケニア、マサイ族と過ごした、息子の夏

07/10/2013 § 10件のコメント

夏が終わり、やっと、今日、始めて、心からホッとできる日になりました。
子供の事だけじゃなくて,自分の事も、なんだかんだと続いていたもんなあ。。。

今日は、幸いにも例年に無く、気温も高く、太陽も出ています。

No2こと、息子も、随分前に大学に戻って行き、何の連絡もしてこないので、 ikiteru?
と、メールをしたら、既読になったのに、返事がないので、henjishiro
と、重ねて打ったら、授業中、と返信が来ました。

ゴメン。
だったら,読むなよ〜!

今年の夏、息子はアフリカ、ケニアの、マサイ族の家族の家で一ヶ月を過ごしました。

水道も、電気も、何もない場所、病気、怪我、など心配すればきりがありませんが、とりあえず、送り出す決心をして。

出発当日、出かける直前、財布が見当たらないと大騒ぎで、必死に探したものの、ついに時間切れとなって、とりあえずの財布に現金を少し多めに入れて出かけることになり、これが後で、困ることになろうとは、気付きませんで。新しい靴を持って、リュックを背負い、小さいピギーバッグを引いて、手を振って出かけました。

ここからは彼の撮った写真です。

彼の到着の1週間前に、ナイロビ空港は大火事をおこし、彼も行かれるのか?とやきもきしたものの、到着棟は焼けてしまったので、簡易テントで、入国審査を受け、荷物は回るターンテーブルは無いので、皆自分が回って荷物を探さないといけなく、えらく時間がかかったとか。なんとか、たどり着いたマサイ族の家族の家の前で撮った一枚、まだ、靴が綺麗です。
彼の滞在させていただいた、マサイの家族の家。

彼がついてすぐ、大雨が降ったそうで、雨を待ち望んでいる彼らは、息子が雨を連れて来たと言ってくれて、「幸運を連れて来た人」という意味の、マサイ語の名前を付けてくれました。

唯一の文明だったそうです。ラジオ。

子供6人の家族で,犬も,ネコも、鶏も,牛も、ヤギも、何でも敷地内にいてみんなごっちゃに生きている。
この犬は,家の中でボスの犬で、他の犬はこの犬に一目置いているそう。で、お父さんは,この子が勇敢な犬になるように、と小さい頃右耳を,半分切ってあげたんだとか。

家族の財産、牛を連れて、はるか彼方の、山の上まで連れて行くお手伝い。

息子が街に出た時に,買って来たシャボン玉。産まれて初めての体験。

彼の持って行った,ダン.ブラウンの本を読んでいる、ふり。

マサイ、ジャーーーンプ!

お父さん、村人13人で、バッファローを狩りに行き、3時間かかって,しとめて帰った所。
息子は,「君には危なすぎるから,連れて行かれない」といわれた。山分けしたお肉を前に,満面の笑み。

こちら,炭焼き。現金を得る為に、3日かけて炭を焼くのを手伝う。出来た炭を,担いで2時間の町まで行って売って来た。
数百円の売り上げで、小麦粉を買って帰る様言われたそうです。町に肌の白い人間はたった一人だった。

バッファローのお肉が,焼けて、切り分けるのを,みんなで待っております。


お父さんがもらって来て,冷蔵庫もないので,放置されており、4〜5日たって、お肉がなくなったら、やおら、このままぐつぐつ茹でて,スープになったそう。
さすがに一口しか飲めなかった,,と息子。主食はマメ、チャパティーを焼き、ケールなどの、野菜があれば、炒めて食べたそうです。

ある日、朝起きて、彼の寝ている小屋から外を見たら,子やぎが、木にぶら下がっていたので,びっくり。
前夜、何かに襲われ、死んでしまった子やぎは,このまま,犬達の餌になるから、そのままでいいと言われて仰天。

歩いて2時間の町。
帰国する時,この町まで、バイクで来る途中、貴重品のウエストポーチを落とした。

裸足でサッカーをする青年、アフリカの木も草も,必ず刺があるそうで、試合が止まると裸足の青年は,足の裏から刺を抜きながら試合をしていたそう。
「ありえねー」と息子。

朝,ある時刻より、早く「コケコッコー」と啼いてしまうと、マサイでは不吉なんだそうで、その為に絞められてしまった鶏さん。
1ヶ月の滞在中、バッファローとこの鳥,2回だけ肉をたべたそう。


プレゼントされた、マサイの赤い布。


帰りに留め金のプラスチックが割れて落としたにもかかわらず、暗闇でバイクのライトをたよりに、何度も行ったり来たりして,見つけたパスポート、財布などを入れていた、貴重品ウエストポーチと、帰って来たときに持っていた所持金の全て。出かける日に、財布さえなくしていなければ,自分のデビットカードがあるので,最後の日空港で、もう少しなんとかなった物を,と思いはする物の,直前になくす,というのが実に彼らしいとも言えます。

写真にはありませんが,村に沢から水を引いてくるプロジェクトの手伝いや、学校の庭に簡易菜園を作り、それで簡易給食を出せるようにする為の開墾などができたそうです。
9月に入ってからは,学校も始まったので,学校で,英語の授業もしたそうで。。

彼のカメラのバッテリーも途中でなくなり,充電も出来ないので,写真も途中で、終わっていました。

帰りの飛行機で,出た機内食、いつもは,手もつけないくせに、本当においしかったとか。
そうでしょう、そうでしょう。丸一日以上何も食べる事が出来なかったのですから。

飢える経験すら、今までした事がなかった息子には,きっと全てが、忘れられない夏になったに違いありません。
少しは,成長したかなあ?
だと,いいんだけどな。

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