父のこと

16/01/2017 § 8件のコメント

年が明けて半月も経ってしまいました。

昨年、12月も押し詰まった21日に、父が他界し、前後、日本にひと月ほど、行っておりました。

享年80歳。

10年以上前に心臓手術の直後、脳梗塞を起こしてから、左半身の麻痺と、その麻痺した部分の視床痛と共に暮らした晩年でした。

聖人君子でも、訃報が新聞に載る人物でもなかったし、ささやかな人生だったかもしれないけれど、私にとっては、たった一人の父です。

小さい頃は可愛がってもらい、でも、途中、私が子供を持つまでは、距離がありました。が、晩年は、私の子供たちを可愛がってくれて、精神的にも、近づくことができたかな。

国際結婚して、ロンドンで暮らすことになった時、親の死に目には会えないかもと覚悟したものですが、今回、1週間半ほど、病院でベッドサイドに座り、一緒の時間を過ごすこともできたし、少しの時間でしたが、退院もできて、臨終にも立ち会えて、これ以上望むべくもありません。

でも、でも、やはり、さみしいものですね。

残された母が、とても心配です。

こうやって50年以上手を携えて、ともに、生きてきたのですから。

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なくなって以来、母に変わり、私は事務処理に追われましたが、帰国直前、携帯電話の解約の前に、ガラケーの中に入っていた、写真を取り出す作業をしました。

100枚ほど入っていた写真を一枚づつ、マイクロSDに移し、プリントしたのですが、うち90枚以上は、私の子供たちの様々な写真でした。それ以外は、母と見に行った桜の写真と、実家の犬の写真が申し訳程度に、数枚のみ。

カメラ屋さんの店頭で、そのデータをプリントしながら、涙がとまりませんでした。
葬儀の代わりのお別れの会には、ロンドンや、アイルランドから、あなたの可愛がったうちの子供たちも、全員駆けつけて、見送ってもらってよかったね。愛してもらったこと、ちゃんと伝わっていましたよ。でも、日本の葬儀を知らない外国暮らしの孫たちは、日本の習慣を知らなかったので、火葬後、骨が出てきた時、実はびっくりしすぎて、3人とも卒倒しそうになりながらも、なんとか収骨室で、お骨を拾ったのに、気づいたかな?

これからも、どこかから、私たち家族を見守ってください。お願いします。

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§父のこと」への8件のフィードバック

  • Kiyomi より:

    ばくさん、改めて お父様のご冥福を心よりお祈りいたします。
    大変な年末年始を送られていたのですね。
    普段の離れていた距離を考えると、最期を一緒に過ごしてお見送り出来たのは良かったと思います。
    子供達が小さい時期でしたら叶わない事でしたものね。
    お母様もきっと心強かったことと思います。
    これからのお母様の事などまだ心配事は多いと思いますが、まずは
    疲れも出てくると思うのでご自分の体も大切にしてくださいね。

    • ばく より:

      kiyomiさん、ありがとうございます。
      おっしゃる通り、父が倒れた時は、子供達がまだ小さく、置いて帰ることも連れて行くこともできず、困って、夫に会社を半休してもらい、帰国したのでした。子供達も手を離れ、心配は犬だけで、それも、周りの友人たちが、クリスマスとお正月という最悪のタイミングだったにもかかわらず、こっちでなんとかするからと、言ってくれて、本当にありがたかったです。母も凹んではおりますが、周りの友人たちが連れ出してくれて、弟家族もおりますので、きっと大丈夫だと思います。
      だいぶ生活も、気持ちも落ち着いてきました。
      感謝です。

  • kitkataus より:

    ばくちゃん、お疲れ様でした。
    私の父は2013年4月に亡くなったのですが、最期に立ち会うことはできず、ただその前の3月に日本に帰り入院先の病院へ毎日のように通っていましたので、それが救いでした。
    日本式の家族葬ではうちの夫がやはり相当ショックを受けたらしく、でもその場では平然を装っていたので私は後になって知ったのですが(笑) ばくちゃんのお子様たちの様子、手に取るようにわかります。
    お母様のこと、心配ですよね。私も同様です。ただ、徐々に母も自分のペースを築き、健康に気をつけて暮らしていますので、きっとお母様も大丈夫だと思いますよ。ある程度の時間はかかると思いますが。

    改めてお父様のご冥福を心よりお祈りいたします。

    • ばく より:

      Kitkatさん、ありがとうございます。
      お互いに、遠くに住むという、同じ状況、私も十一月に帰国する時、じゃあ、帰るね、と言って、手を回した父の肩が、あまりに細く骨ばっていて、その時、ああ、もしかしたら、これで、もう、生きて会えないかも、とその時いきなり感じて、うろたえました。そして、帰英して、四日後に、肺炎で入院したと連絡があり、ああ、、、と。ひとつきも経たずに、日本に帰ることになりましたが、本当にいいタイミングで帰ることができたと、思い返しています。犬は預かってあげるから心配しないでと言ってくれた周りの友人たちや、すぐ帰りなさい、と送り出してくれた夫に本当に感謝です。心配は母ですが、13年にわたり、父を最優先して生きてきたので、これから先は、わがままにやりたいことやって生きて欲しいと切に祈っています。
      本当に温かいメッセージをありがとうございます。

  • ままま より:

    ロンドンに戻られて日常が戻って、、、
    また違った寂しさも感じていることでしょうね。
    この季節のお別れは景色にも色が消えて更に寂しさが増すような気がします。
    日本での日々は悲しみばかりではなく様々な忙しさにも追われますものね。お母様もお元気に過ごされているといいな。
    またロンドンにも遊びに来られるといいですね!
    私も昨日が父の命日でたくさん父のことを想いました。
    ばくちゃん、ワンズと一緒に散歩して癒されて下さいね。

    • ばく より:

      まままさん、ありがとうございます。
      日常が戻って、やはりたまに、悲しいスイッチが入ったりしますが、できることはしたし、考えうるベストの最後だったと思うと、穏やかな気持ちでいることができます。
      しかしながら、まっちゃのベビちゃんたちの誕生日が父の命日って、なんという偶然の巡り合わせでしょうか。ご縁を感じてなりません。
      母は、少しづつ13年にわたる父最優先の生活から、気持ちを切り替えて、自分のために時間も、パワーも使って欲しいと思います。
      遊びに来るように言っていますが、ああだこうだと言って渋っています。
      私は、本当に二匹に再会できて、散歩に行かれて、癒されています。この子たちは本当に私の子供と一緒です!暖かいメッセージをありがとうございます。

  • いなひこ より:

    お母様とお父様の手の写真は、思わず涙しました。
    お二人の絆の深さを感じます。
    お母様にお電話してあげてください。
    ばくさんの声を聞くだけでも元気になられますよ。
    ばくさん 最期の親孝行が出来て良かったですね。
    お父様もお孫さんたち みなさんに愛されてお幸せです。

    酷な言い方かもしれませんが、残されたのがお母様で良かったです。
    私もそうだったし、友達にもそう言いました。
    お母様だったら、ご近所の方とも上手くお付き合いなさるでしょうし、
    家事の心配が無い。

    • ばく より:

      いなさん、お返事遅くなりました。
      注射針を刺されすぎて、内出血だらけの腕を一生懸命さすっている母の姿に胸が詰まりました。もう、針の入る血管がなくて。。。。そうですね、父だけが残されたら、それは大変なことでした。何もできなくしてこなかった父だったので。そう言う考え方もありますね、気づかされました。

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