たかが車、されど車

27/11/2016 § 1件のコメント

ドレッシングテーブルに座ると、窓から表の通りを走る車が見えます。

どんよりと暗い雲が垂れ込め、落ち葉が風に舞い、歩く人もほとんどいない日曜日の朝の住宅街。

そんな中、美しく磨かれたグレーの古いポルシェのスポーツカーが、排気音を残し、そこだけスポットライトを浴びたみたいに、走り抜けて行きました。

美しい車ですね。古い車の中には、美しく、ああ、乗ってみたい、と思う車があります。

古いモーガン、MG、ジャガー、ビートルカルマンギア、フィアット2CV、それぞれ個性豊かで、表情も豊か。大人になったら乗ってみたい、と思っていましたが、大人になっても、乗れるような身分にもなれず、きっと、いつまでも憧れに終わるのでしょう。

新しい車で、乗ってみたいという車が、本当にないのは、なぜ?

エアロダイナミックとかで、街乗りでは、トロトロ走るだけなのに、新しい車ときたら、表情は目がつり上がり、未来的(?)な顔つきで、私には、ちょっとみんな意地悪そうに見えて、触手が伸びません。

可愛いなと思う車も、例えば、BMWになってからの、ミニも、どんどんステロイドを摂取したように大きく、たくましくなって、とても、ミニと言えないようなたくましさになりつつあるし、フィアット500も、大きくなりつつありますね。

私は大学4年になって、初めて車の免許を取りましたが、大きな大きな私のマイルストーンでした。

自分が行きたいところへ、自分で行くことができる! 自分は自由だ!

と、叫びたいほどの嬉しさを感じたものです。

***

今、日本で、高齢者の方の事故が多く報道され、社会問題になっています。

オートマティックの車の、アクセルとブレーキの踏み間違いや、判断力の衰えが原因の一部のようです。確かに、高齢者から、免許を取り上げれば良い、と簡単に言ってしまう事もできますが、高齢だからこそ、車がなければ、動きが大きく制限される人が多いことも周知の事実。

私の父も、12年前に脳梗塞を患い、左手左足に、麻痺が残りました。幸い、左だったため、長いリハビリの後、オートマの車を運転することが可能になりました。

父の中で、行きたいところへ車で行くことのできる自由への欲望が、倒れた後の苦しいリハビリの大きな動機なったことは否定できません。そして、結果、母も、父が出かけている間、自由な時間を持つことができ、彼女の気持ちも楽になれたと言う部分もあります。

母は免許を持たないので、父が運転し、ナビシステムができたおかげで、高齢夫婦の二人は、脳梗塞の後でも、一緒に、ちょっとした遠出をできたりしたのです。

そんな人々も多くいるに違いない、高齢者と車。大変難しい問題です。

今回、日本一時帰国の際、帰国前日にしたことは、その父が乗っていた車で、父を介護施設まで迎えに行き、レストンに連れて行き昼食をとり、そのまま父を連れて、自宅に帰宅、夕食を自宅で共にして、夜、父を介護施設に送って行くことでした。食事がほとんど喉を通らない父が、この日だけは、よく食べたのであります。

そして、一人帰宅し、自宅の車庫に止め、車の中に入っていた、CDや、運転席の日よけ、ついている杖を引っ掛けるために設置してあったフックなど、私物をまとめ、紙袋に移し、最後に、カーナビの履歴を完全削除したのでした。

「完全に削除しますか」とナビさんが、確認のために2度ほど聞いてきました。

今まで、父と母が、この車で訪れた場所、孫を連れて行ったアンデルセン公園や、静岡の親戚宅、海辺のホテルの履歴や、自宅のポイントが、一瞬にして消えて行きました。

思い出せば、我が家に初めてやって来た車は、スバル360、毎週末、あちこちに連れて行ってもらいました。自家用車はまだ珍しく、誇らしかったな。そのあとの我が家の代々の車と、それに乗って訪れた旅行などを思い出し、しばらく運転席に座ったまま、私は動くことができませんでした。

しばらく座り込んだあと、車を降りて、ロックをかけると、1回ウインクして、降りてくる車庫の自動シャッターの後ろに、父の車はじっと佇んだまま、見えなくなっていきました。

車は、私たちがロンドンに戻った翌日、業者さんに引き取りに来てもらうことになっていたのです。

日本の母から帰宅したロンドンに届いた、短いメール。

「車夕方取りに来ました。なんとも言えない、寂しさです」

自由も、未来も、遠くなって、手が届かなくなることにとどめを刺された感じですね、と返信しました。母と、この件で、話をすることはなかったけれど、同じ思いだったに違いありません。

ちょうど一年前に、公園で転び、大腿骨を折って入院して以来、父は、大好きな車を運転することは2度とできませんでした。

最後に父が乗っていたのは、トヨタのごく普通のカローラ。10年近く乗って、走行距離、27000キロ。

それでも、父には、自由の翼でした。

 

 

 

ぼちぼち

23/11/2016 § コメントする

日本に一時帰国をしておりました。
今回はオットと一緒だったので、なかなか思うように動けず、でも、彼の引退後、日本で暮らすという可能性があるのか?などと探ってみよう、という気持ちも持地ながら、そういう目で今回は、過ごしました。

犬を連れて帰る、となると、東京に住むのは難しい?ならどこに住むべきか? どんなライフスタイルが 待っているのか? などなど。

私の父も、日に日に弱っているので、もちろん顔を見たかったし、前回2回の帰国では、父の不調で、友人たちに会うこともなかなか叶わなかったので、今回は、、と思った部分もありました。

楽しい時間はあっという間に終わり、大荷物と帰国。

すぐに、No1こと、長女が、仕事を辞め、海外に引っ越すためのお手伝い。

オットは、引越し荷物運びで、無理して、腰を痛め、私は、出て行った部屋の片付けと、お掃除をしてホッとしたのもつかの間、日本から、父が肺炎になり、入院したと連絡が入りました。

遠くにいると、すぐに駆けつけるわけにもいかず、こんな時、ドラえもんの、「どこでもドア」があれば、と切に願うものの、そういうわけにもいかず。悶々と、空を見上げる日々です。

ただ、わんこさんたちは、元気にしてくれています。2匹には、私の、いろいろ話を聞いてもらって励ましてもらっています。

二人の日々の様子は、こちらから。。

https://www.instagram.com/n208hh/

先代犬、ポピーがお空組になってから、20日で、5年。

ロンドンの季節は、また一つ進み、ふゆがやってきました。

また、ぼちぼちと更新していこうと思います。

 

 

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