日々、これ格闘 

29/10/2015 § 2件のコメント

日本から見たイギリス。

それは、ビッグベンであり、ダブルデッカーバスであり、行き先さえ告げれば、間違いなく目的地に到着する、ロンドンタクシーであり、紅茶と女王様と紳士の国。

ええ、確かに、間違いなく、それらは存在しますとも。

でも、でも、それは、あくまでも、一面であって、すべてじゃありません。

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いつもの公園に、ベニテングタケ。今年もこんにちは。

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この国の日々の暮らしは、この、大英帝国の皆が持つイメージと、ずいぶん違う部分も満載であります。

今でこそ、それらを笑う余裕もできましたが、たまに、虫の居所が悪いと、呆れて腹も立つこともありまして。

今回は、掃除機の先っぽです。

ダイソンのコードレスクリーナーの先っぽ、ブラシがクルクル回る部分が、30秒ほど回った後、止まるようになりました。ダイソンに連絡すると、5〜6回のメールのやり取りの後、このパーツはダイソンから直接買ったものでないので、一年未満しか使っていなくても保証できない、とのこと。

で、購入先に、連絡したところ、「わかりました。新しいパーツを送ります。」

とすんなり約束してくれたので、待っていると、UPSのお兄ちゃんが、ピンポーン。

やってきました!!万歳。

でいそいそ開けると、ジャーン。

形は似てるけど、違うパーツ。送り状はあっているので、配送手配する人が間違ったのだなあ。

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右が欲しかったパーツで、左が送られてきたもの。

やれやれ、と開けた箱に、もう一度戻して、壊れた右も同封して、郵便局まで持っていかなければいけません。同時に、メールで、連絡。ごめんね、新しいの送るから、送料も払うわ。と。

近くにないので、車で郵便局までわざわざ行って、受け取り確認で、2600円ほど立て替え、送り直し。。。

で、新しいパーツが送られてきました!

が、が、が、なんとこれまた、全く同じの間違ったもの。

あ〜あ〜あ〜。

ずいぶんすんなり話が運ぶと思ったら、やっぱりね。。

私は、いつか、正しいパーツと、立て替えた送料をちゃんと取り返すことができるだろうか?

みなさん、お楽しみに。

オットは、だから言ったじゃない、新しいの買ってあげるから、そうしなさい、だって。

これって、イギリス人の感覚なのだろうな。

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ぶぅちゃーん、こっちだよー

娘の住んでいる場所近くにある、新しいショッピングアーケード。

新しいサービスとして、事前に申し込んで、車のウインドガラスに、送られてきたステッカーを貼っておけば、駐車の際、ゲートは自動的に認識して、駐車料金も清算する必要がなくて、さらに割引になる、というので、試しに申し込みました。

ステッカーは、無事やってきて、フロントに貼って、行きましたよん。

で、ゲートは開かず、割引運賃も適用なく、文句言う係員も探せどどこにも、いなく。

結局、面倒になって、結局正規料金を後ろの人に、謝りながら、出口清算。

あ〜あ〜あ〜

グレイトブリテン、それでいいのか〜?

仕事をマネージする人と、実際に働いて、運用する人の間に、能力の大きながギャップがあるというのが、こういった様々な問題のバックグランドにあるのだろうなあ。

その度に、メールのやり取り、送料を取り返す労力などに、私は、心底、疲弊するのであります。

あ〜あ〜

外は、しとしと雨が降って、冬時間が始まり、5時には暗い季節がやってきました。

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(今頃ですが)ラグビーワールドカップ 

26/10/2015 § 4件のコメント

すっかり出遅れましたが、イギリスでひらかれた、ラグビーワールドカップ。

日本チーム、英語の通称、ブレイブ ブロッサム、毎回、戦いぶりに泣きそうになりました。

体の大きさのハンデを、細かくつなぐパスで、倒されても、倒されても、姿勢を低く、諦めずに前に、前に進んでいく姿は、ちょっとくらいの困難は負けずに突き進めば、自分もいつか。。。と思わせてくれます。

南アフリカとの初戦、引き分けを良しとせず、勝ちにこだわり、そして、最終的に勝ちをもぎ取った試合は、イギリスの、いや世界のラグビーファンを歓喜させました。

実は9月の頭、日本チームが到着する直前、ラグビー協会から、メールが来て、日本チームにつきそう、通訳が足りないので、来てもらえませんか?という連絡があったのであります。

大至急返事を、ということで、オットに、相談したところ、ラグビーファンのオットは、こんなチャンスはないから、ぜひ受ければ!と言ってくれたのですが、よく考えたら、私は、子供達の大学入学関係や、予約してしまったホリデーなどで、どうしても何日かは、抜けないといけません。一応、何日かは、働けけないけれど、やる気はあります、と返事をしました。

翌日、ずっとつききりで、働いてくれる人が見つかったので、今回は、見送ります、という返事が来たのでした。

あとひと月ずれていれば、二つ返事で引き受けたのにと残念無念。もしかしたら、滞在中、生身の彼らとご一緒できたかもしれなかったのに、と思うと、悔しいものがあります。

今週、ついに、金曜日の3位決定戦と、土曜日の決勝戦。

スコットランド戦の誤審などもありましたが、ついに、ワールドカップ、集大成の最後の2戦です。

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秋も本番、夏時間も終わり、冬に向かってまっしぐら

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久しぶりに、仲間内の5ゴールデン大集合。

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ピップ君もいるよん。

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我が家、家族皆、ラグビーも好きで、と言っても、実はスポーツなら、特にボーイズは、なんでも見るのですが、今更ながら、わが息子にサッカーでなく、ラグビーをやらせたかったなあ、と私は、思ったものでした。

実は私、大きくてたくましい男性が、好みなのでありまして(へへ)息子にも、大きく逞しくなって欲しかったという、ヨコシマな動機なのではありますが。

ところが、イギリスは、スポーツも、「社会的階級」によって、別れておりまして。。

ごくごく普通の共学公立学校の授業では、ラグビーは本格的なものは、ほとんどやらないのですよねえ。安全、かつ簡単な、変形ラグビーだけを導入として、やるものの、学校のチームもなく、部活も無し。サッカーであれば、裾野も広く、地域のチームなども存在します。例外的に、公立校でも、有名な進学男子校では、ラグビーが盛んな学校もありますが、大変希少です。

授業で、ラグビーもバッチリ教え、専任のコーチを雇い、学校のチームを作り、ほぼ全員ゲームに参画させるのは、私立の男子校、というのが定番です。ちなみに、イギリスの私立の学校の学費は、日本円にして、約250万以上。寄宿舎学校に行くと、500万ほどかかります。

そして、私立学校では、サッカーはやりません。

と、いうことで、ラグビーの選手は、サッカーの選手と違い、学歴も高く、お上品?と思われる選手が多い(もちろん例外もあり、全員とは言いません)

ポロ、ラグビー、クリケット、ラクロス、など、この辺りは、イギリスでもお上品なスポーツで、これらの選手は、だいたい、それなりのおうちに育った、私立学校出身の方達が楽しむスポーツ。

もし、普通の公立学校に行った、我が家の息子がラグビーをやりたくても、ラグビーの地域チームもないし、学校でも無理で、難しかっただろう、と思うのであります。

今回、日本のラグビーチームは、Warwick School という、私立学校で、寄宿舎のある、男子校をベースとして使い、練習のフィールドや、スポーツジム、プールや、宿泊も使ったようですが、これだけの設備を提供するのも、当然、公立校には無理なわけで。。

実はオットさんが、仕事で、この学校と現在進行形で、お付き合いがあります。

学校は日本の大活躍に、大喜びしているそうで、ブレイブ ブロッサムの日本チームの宿舎として、学校が使われたことを、大変光栄に思っている、と先日お会いした、校長先生がおっしゃていたそうです。嬉しいことですね!

そして、これは、ラグビーには関係ないのですが、オットさんによると、この、Warwick Schoolの寄宿舎に、現在、暮らしている学生さんの、ほぼ全員が、中国からの生徒さんだそうです。生活習慣の違いなども大きく、寄宿舎の雰囲気が一昔前と、ずいぶん変わったと説明されたそうです。

これも、時代の流れ、ですね〜。

次回、日本開催のラグビーワールドカップ。

エディー ジョーンズ監督は退任されましたが(残念)次回のワールドカップも、世界と互角に戦ってほしいと切に思うのでありました。

うちのブロッサムさんも、ラグビージャパンに、あやかってほしいものであります(って、何を?)

メモリアル 

19/10/2015 § コメントする

ブログの更新も頑張るといった、舌の根も乾かぬうちに、更新滞り、、、いけないですね〜。

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庭の目立つところに、こんな木を植えました。

左下には、ニャンコの石像。

我がファミリーと16年暮らした、我が家の女王様

猫のクラウディー

なくなって、今月で1年になります。

メモリアルとして、植えたこの木の下に、

命日の今月、31日、

遺灰をまいてあげようと思います。

時間だけはどんどん、すごい勢いで流れていきますね。

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クラちゃん、今ね、子分こと、エールが、ちょっとだけ、うちにお泊まりしてるんだよ。

おっきくなって、びっくりでしょ。

会わせてあげたかったな。猫パンチをするところを見てみたかったよん。

人生の第三楽章

07/10/2015 § 16件のコメント

怒涛の9月が終わりました。

単身引越し3回(日本から留学してきた友人のお嬢さん、No3こと末娘、No2こと息子)を、イギリス各地に大量の荷物と共に、車に詰め込んで、送って行き、ホテル泊、その合間に、オットと、遅い犬連れ3泊の夏休み、シンガポールから古い友人がやってきたり、などなど。

ドタバタとあちこち移動、宿泊して歩いた期間中、私は風邪からきたアレルギーの発作が出て、微熱に咳、頭痛と体調最悪でありまして。

この3週間で、我が家の車で、イギリス国内、東に、北に、そして南へと、走り回った距離、約1500キロ。ゴホゴホ(咳)

9月中、8月にまけないほどの、好天に恵まれ、「奇跡のような」爽やかな秋晴れで、文句のつけようのない日々を、あちこちへ移動して歩いて、すべてを終えて、私の人生の第2楽章が終わりました。

ついに、子供達3人とも、旅立ちました。

まだ、大学生が二人なので、休みのたびに戻ってはくるのですが、基本は夫婦二人。元の形に戻ったのですね。

人生の第三楽章です。

結婚した時、思いの外、自分の中で大きく変わる部分はありませんでした。

でも、出産は、それはそれは、大きく違いましたねぇ。

それこそ、待ったなしの日々の格闘が、自覚も覚悟も、心の準備はしていたはずですが、そんな準備など、吹き飛ぶほど激しく、始まりました。赤ん坊は、1日24時間、1週間7日、年間365日、ずーっとこちらの都合、お構いなく、泣くわ喚くは、お腹を減らし、かえてもかえても、おしめを汚し、所構わず飲んだばかりの母乳を吐き、時間も曜日も無視して、発熱に下痢。

出産後、退院して、自宅に戻って、ほとんど眠れない状況が続く中、うとうとしていると、あかんぼの鳴き声がして、意識が戻っていく中で「どうして赤ん坊の泣き声がするのだろう」と思っている自分。

ふと、気付きました。あ、私が産んだんだった。

それまで、自分は、一人で立派に大きくなったと疑いもしなかったけど、自分もこうして育ててもらったんだ、と金槌で頭を殴られたような気がしたものでした。

それから、26年。

長かった。。。でも、短かったかも?、いやいや、やはり長かったな。

好むと好まざるに関わらず、子供を中心に、すべてを考えなければ、生活が回らないため、自分の事はさておいて、暮らしてきました。自分がしたいことより、子供のお世話、自分が着たいものより、子供に汚されてもいい動きやすい服、自分が行きたい所より子供が楽しい場所、自分が読んでいる本や、見ているテレビは、どんなにいいところでも中断して、ご飯の支度、お風呂に入っても、子供達を洗って、出て、歯を磨いて、寝かしつけて、ふと気づくと自分は裸で、バスローブのまま、子供と一緒にくたびれ果てて寝てしまい、しばらくして、寒くなって目が覚めて。よく考えたら、自分はお風呂で、どこも洗っていないし。。

何をしても、どうなだめても、泣き止まない赤んぼを、夜中3時におんぶして、家の廊下を行ったりきたり、それでも泣き止まず、仕事で、あと数時間で、出勤しないといけないのに、泣きたいのはこっちだ。これ以上、泣いたら、このベランダから落としてやる、と11階に住んでいてた当時、追い詰められ真剣に思った自分。

フルタイムで働いていた、会社のデスクから、宅配ピザをオーダーし、地下鉄に飛び乗り、降りた最寄りの駅から全速力で自転車を飛ばして、走って家に帰る途中、頭の中で帰宅後の、食事や洗濯の算段をしながら、必死で自転車のペダルを踏んで、ふと正面に見える高層ビル群の明かりを見ていたら、そのまま何もかも、全て投げ捨てて、どこかへ逃げたくなった、あの時。

学校の宿題は、ファックスで会社に送ってもらい、電話で子供とやりとりしましたね。

夜から熱が出てしまった息子に熱さましを飲まして、とりあえず保育園に連れて行き、同時に、実家の母にお迎えを頼んで、なんとか乗り切った日々のこと。

子供たちの教育のために、やっと、10年かかって、たどり着いた会社のポジションや、キャリアを捨てて、友人達に別れを告げて、イギリスへ移住したこと。

イギリスにやってきてからは、初めての専業主婦として、子供の学校の送り迎え、お稽古事の手配に送り迎え、毎日が学校の始まる9時と、終わる3時半で、1日は区切られ、その時間に支配され、困惑だった日々。

日本語保持のため、ロンドン日本語補習校の膨大な宿題をめぐり、子供達と攻防戦を繰り広げた13年。

長女が3歳になって、幼稚園が始まって以降、毎日、6時半に起きて、作り続けたお弁当。

10年間、変え続けたオムツ。

いつか終わるのか? 心穏やかに話せる日が、本当に来るのか?と心が、悲鳴をあげた、子供達のティーンエージャー反抗期。

そうやって、無我夢中で月日を過ごしているうちに、自分のことは、全て後回しにして暮らすことが当たり前になっていました。

家族が全員シャワーが終わっていないので、食洗機と洗濯機はもう少し待とう、とか、今からDVDを見始めると夕飯の支度が遅くなるので、見るのはやめよう、とか、そして、時間を見計らって、今なら、と見始めた映画の途中、ものすごく感情移入しているところで、「すぐ出かけないといけないんだけど、僕の青いシャツがどうしても見当たらない、どこに入れた」などと聞かれ、対応しないといけなくて、興ざめになってしまう、なんていうのは、日常茶飯事。

小さいことの積み重ねでしたが、少しづつ少しづつ、自分が侵食されていっていたのだなあ。

子供たちは自分の部屋があるのに、自分には、自分だけのデスクも、スペースもなくて、主婦だって、泣きたい時もあるのに、家の中に場所もなく、バスルームで鍵をかけてシャワーの下で泣いたこと。

結婚も、仕事も、たいていのことは、「やーめた!もう、やめる」と言い放ち、やめることができるのに、子供は、なかったことにはできないのだと、身にしみて悟って驚いた事。

もちろん、家を出て結婚しても、親子関係は無くなることはありません。

が、子育て、終わりにするぞー。

で、あまりに長い間、自分を二の次にして、意識もせずに色々、辛抱して生きてきたので、ふと気づいたら、自分はどんな人だったのか? 何をしたかったのか? すっかり考えることすら放棄していることに気づきました。

自分を取り戻したい。

やりたいこと、我慢しないで、やってみたい。

わがままだと思われても、死ぬとき、後悔しないように、一歩踏み出したい。

残り時間も確実に減ってきていることですし。

と、いうことで、待ってろよー! 私の人生の第3楽章。

健康第一で、これからも、好奇心を失わず、残りの人生を、自分がまず、そして、可能な部分は、オットと共に、エンジョイしたいと思います。

ブログも、こまめに更新だな(ガンバル)

書くことは大好き、これも、続けていきたいことの一つなのであります。

2015年秋の、私の人生のマイルストーンとしての、決意表明でありました♪

最後に、子供たちが、自分たちの子供時代は、悪くなかった、と思ってくれたら、もう、それ以上望むことはないな。

親として、足りない、不甲斐ない、ダメダメの部分もたくさんあったと思うけど、笑って許してくれたら、うれしいと、そして、自分を育ててくれた両親に、私は子供時代、幸せでした、と次回、会ったら、それとなく伝えたいと思っています。

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